このブログでは、今の日本の社会や人々をみて疑問に思うことや心配になることを「杞人天憂」と題したシリーズで取り上げてみたいと思います。17年間米国で生活してきた経験と、日本企業のイノベーションを支援してきた経験をもとに、不定期で掲載します。

「杞人天憂(きじんてんゆう)」という言葉は、古代中国の紀という国の人が、”天が落ちてくることを心配した” ということで、つまり必要のない心配をすることという意味なのだそうです。

さて、最初の心配事は、日本の人たちがアメリカでの物価の高騰を”対岸の火事”としかみていないことです。

先週、ロサンゼルスに大谷選手のオールスターゲームを取材に行った日本のテレビ局が、現地の物価の高さを報道していた。相変わらず「日本はまだ安くてよかったね」という論調だ。同時に、ロシアの侵略やコロナが終わればもとに戻るだろうという楽観的な期待も透けて見える。

ここにきて、日本からアメリカに行く航空運賃が2倍近くになっている。西海岸への往復がエコノミーで30万円を超えていて、ビジネスクラスだと85万円もする。

いま日本からアメリカに出張するとエコノミークラスを使っても100万円くらいかかることになる。運賃も高いし宿泊費も高い。アメリカのホテルはもともと日本に比べて値段が高く、以前から日本の倍くらいしていたのだが、それは今のところ大きく値上がりはしていないようだ。

逆に、いまカリフォルニアから東京に出張でくると、エコノミークラスで10日間の滞在で約$2,600(円換算で約35万円)程度で済む。こちらは運賃も安いし宿泊費も安い。

何がどれくらい違うかを、日→米 / 日←米 で比べると
往復航空券が日本で買うとエコノミーで34万円に対してアメリカで買えば$1,360(約18万円)
アメリカ滞在中のホテル代が$2,200(約30万円)に対して日本に来た場合は約7万円
アメリカでの交通費が$2,000(レンタカーとLAX-SFO1往復を含む)(約27万円)に対して日本では6万円(東京ー大阪の1往復を含む)
食費はアメリカ滞在で約$800に対して日本では4万円もあれば十分だ。
判りにくいので比較表にするとこうなる。

アメリカに行くか日本に行くかで3倍の料金差ができてしまっている。
私はカリフォルニアに住んで、10年以上前から1年に7回日本への出張をしていた。そのころは、10日間の日本滞在で出張費用の総額が$3,000前後だった。同じ時期に日本からアメリカへ出張すると、おそらく40~50万円程度かかっていたと思うので、その時点で1.5倍くらいの差があった。それが今年に入って一気に3倍になってしまった。

この原因は、コロナで便数が減って、航空運賃が倍になっていること。燃油サーチャージが高いこと。そして、元々日米を比べるとアメリカの方が物価が高く、そのうえウクライナ侵略でとんでもないインフレになっていること。そこに円安を掛け算するので、アメリカの物価は日本からの旅行者にとっては殺人的な値段になる。

それでは、コロナや紛争が終われば、この差は解消されるのだろうか。日本の多くの人やマスコミは、これは一時的な現象で、コロナや紛争が終わればサプライチェーンがもとに戻って、物価も下がるだろうと、漠然と期待している。しかし、そんなことは起こらない。日本発の航空運賃は多少戻ってくるだろう。この先アメリカの景気が減速して、物価が多少下がることはあるかもしれないが、大きく下がることはないだろう。物価が上がったままだと生活できない人が出てくるので、アメリカは給料を上げることで社会のバランスをとる方向に動くと思う。

日本では物価を元に戻すことを期待している人もいるようだ。しかし、国内の物価を上げなければ日本は世界から買い漁られて、国土も資産も外国に所有されてしまう。これは安全保障の問題だと言っている人もいるのだが、政治家も経済界も積極的に対策を講じようとはしていないのが心配だ。

コロナで世界中の企業が出張をやめて、リモートでしのいできた。そして、リモートでも仕事ができることが判ったので、コロナが収まっても以前のように出張をすることはないだろう。よっぽど重要な事案でない限り出張はしなくなる。出張どころか、顔を合わせた会議すら、重要度を見極めたうえで決めるようになる。たいして重要でもない用事で人と会うことは無くなるだろう。

そして、日本の人たちは日米の物価の差が大きいので、アメリカの物価水準での取引のハードルが、これまで以上に高くなっている。出張もその一つだ。他に、米国大学との共同研究や米国での企業買収、特許のライセンス、手数料支払いなど様々な場面で”金額が高い”と感じるようになる。

消費者物価で日米の差が縮まらなければ、日本の競争力はさらに低下することになるだろう。それを解決するために「日本の給料を上げるべきだ」という議論があるが、それも今年になってやっとマスコミや政治家が騒ぎ出した。日本の給料が安いことは10年も前から指摘されていた。この10年間で国政選挙が7回もあったにもかかわらず、与党も野党も誰も議論せずに放置していた問題だ。そしてアベノミクスの成長戦略は何の成果も出せなかった。これまで何もしてこなかった政治に何が期待できるのかわからないが、日本の企業がズタズタになる前に政治が手だてを講じてくれることを願う。